恵比寿のビルの地下に、かつて「湯浅一生研究所」と呼ばれた店があった。湯浅が西麻布へ移ったあと、その場所は静かに、次の主を待っていた。
ここを、どう生かそう。どんな店にしよう。考えをめぐらせていたさなかに、ひとりの料理人と出会った。いまのシェフ、郡司一磨である。
郡司が最初につくった料理は、とても美しかった。
けれど、その皿のなかに、郡司自身の姿は見えなかった。どこか自分を抑え、誰かの正解をなぞっているような味わい。それでも、ひと皿ごとに宿る繊細さと、料理に向かうまっすぐさは、ほかではなかなか出会えないものだった。
言葉を重ねるうちに、郡司が歩んできた道が見えてきた。銀座の厨房でソーシエを任され、海を渡ってリヨンとパリで腕を磨いた日々。そして話がソースに及んだとき、郡司の声に、ふいに熱がこもった。
それは、取り繕った言葉ではなかった。心の底から湧き上がる、強い情熱だった。
フランス料理の、伝統的なソース。時間をかけてとり、煮詰め、重ねていくその世界は、いまの時代には古いと言われるかもしれない。手間ばかりかかる、不器用なやり方かもしれない。多くの人には、支持されないかもしれない。
それでも、と決めた。たとえ少ない客であっても、この伝統的なソースの世界を、いまの日本で受け入れられる味わいへと昇華させる。流行に寄り添うのではなく、むしろそのソースで戦っていこう、と。
店の名は、Saucer。ソースをかけること、そして皿に残ったソースをパンでぬぐうことを意味するフランス語だ。すべての料理の土台には、三日かけてひくトリプルコンソメがある。凝縮、洗練、調和。郡司の料理は、ソースという一点から、皿の上の世界を組み立てていく。
2024年、Saucer はミシュランの一つ星をいただいた。
それでも、郡司の料理が時代のトレンドに合っているとは思わない。郡司自身も、GRAPES も、そう考えている。複雑に凝縮したソースは、きっと多数派の好みではない。
けれど、そのソースを愛してくれる人がいる。ひと口ごとに幾重にも重なる味わいをほどき、最後のひとさじまでパンでぬぐっていく人たちが。
多数派ではない、その人たちを心から楽しませるために。郡司は今日も地下の厨房で鍋に向かい、研鑽を積んでいる。
Team( 店をつくる人 )

シェフ
郡司 一磨
Kazuma Gunji
1986年生まれ、神奈川県出身。高校卒業後、県内のフランス料理店に就職。2010年に神楽坂「ラ・トゥーエル」、2011年に銀座「ラ・トゥール」で清水忠明シェフに師事し、1年後にソーシエ(ソース担当)を任される。
2014年に渡仏し、リヨンのミシュラン一つ星「Maison Clovis」とパリで一年間研鑽を積む。帰国後は銀座「エスキス」、その姉妹店「アジル」の立ち上げ、パリに本店を持つ「ブタリ」東京店のオープニングシェフを経て、2021年10月、Saucer のシェフに。
「ソースは素材の魅力を引き出し、料理の味わいをより引き上げてくれる存在」

マネージャー兼ソムリエ
内藤 大治朗
Daijiro Naito
1986年、長野市生まれ。大学卒業後、料理人の修業を経てソムリエの道へ。2013年、名古屋「マジュール」でソムリエの資格を取得する。
2015年に「レフェルヴェソンス」でソムリエ兼アシスタントマネージャー、2019年に「ア・ニュ Shohei Shimono」でソムリエ、2020年に「ランベリー、ナオトK」でシェフソムリエを務める。2023年に GRAPES に入社し、前橋 cépages のマネージャー兼ソムリエに。
前橋行きを誘われたときは「前橋はいま、めちゃくちゃ盛り上がっている。面白い」と即決した。レフェルヴェソンス時代からの縁で、石橋和樹シェフとともに cépages を立ち上げた。

キッチン
常田 彗太
Information( 店舗情報 )
- 住所
- 〒150-0021
東京都渋谷区恵比寿西2-7-10 えびす第3ビル B1F - アクセス
- 恵比寿駅 徒歩5分
代官山駅 徒歩7分 - 電話
- 03-6712-7713
- 営業時間
- 17:00〜(最終入店 21:00)
- 定休日
- 日曜日(ほか不定休あり)
- 席数
- 14席(カウンター6席、テーブル6席、個室4席)
- 予約
- 完全予約制
- 開業
- 2021年10月












